これまでの経験から、「自分の葬儀はシンプルで『ふつう』なものがベスト」と妻に遺言しました

私はすでに両親を送っていますし、喪主経験もあり、また、弔問する側として、多数の葬儀に参列してきました。

まだ自分の葬儀は先になると思いますけど(ちょっと不安かも)、そろそろ、「自分の時はどうしてほしいか」を考えたくなる年齢にはなっています。

最近は「家族葬」のケースも増えてきているようですし、葬儀そのものを執り行わないこともあります。
私も友人知人、仕事関係者が亡くなったときに、そうしたスタイルのやり方に遭遇しました。

もちろん、葬儀は「こうしなければならない」という決まりはありませんよね。故人の遺志もあるでしょうし、遺族の考え方もさまざま。それれぞれのやり方で故人を見送ればそれでいいことは、言うまでもありません。

では、自分が死んだときの葬儀はどうしたらいいのか。私なりに考えて、妻にこう言いました。
「自分の葬儀にはお金をかける必要はないから、葬儀社に話して、最低レベルのスタイルにしてほしい。ただ、『ふつうのお葬式』はしてほしい」。

「ふつうのお葬式」というのは、斎場やセレモニーホールを使って通夜と葬儀・告別式を行い、遺族、親族、友人知人仕事関係者が参列するという、「ふつう」のスタイルのことです。

なぜ、そうしたいと妻に告げたのか。それは、その方が仕事関係者や友人が楽に対応できると思ったからです。
これまでの経験から、結局、そういうふつうの葬儀をしたほうが、故人の関係者にとって、頭を悩ますことがないんですよ。

訃報を受けて、通夜や告別式に駆けつける。
一見、関係者に迷惑をかけるように感じられるかもしれません。それで、家族葬にしたり「葬儀はしない」というケースも少なくないのでしょう。
けれど、ふつうの葬儀をしてくれたほうが、関係者サイドにしてみると、むしろ楽なんですよ。
少なくても私はそう感じてます。

なので、私の葬儀は「ふつう」にしてほしいんですよね。
実は、ネットで葬儀社の「研究」を始めていて、「安上がりな葬儀社情報」もすでに手に入れてあります。最後はシンプルに安上がりで「サヨナラ」したいです。


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